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短編 刑事・ミステリー小説

ちょっとしたミステリーや人間の心理を観察することが好きな方は是非一度ご覧を

「裏切り」 第四章 父親の行方は何処? 

「裏切り」

第四章

「何を考え込んでいるの?」

 サングラスを掛けて豪放な運転をする桜子は、助手席で物思いにふける部下が気になっていた。

「青井さんの仰っていた『何か』が割れた音と言うのが気になりまして」

「それが事件と関係あるかは分かんないんでしょ?」

「ですが、死亡推定時刻にそのような音が鳴ったというのは、やはり単なる偶然とは思えません。現場には陶器類が割れていた様子はありませんでしたし」

 横断歩道を横切る老婆が見えたので桜子は車を一旦停止させた。

「それじゃあ、窓ガラスが割れた音じゃないかしら? ほら、鍵付近の所だけ割られていたでしょ? きっと犯人が片倉家に侵入した時のその音を青井さんは聞いていたのよ」

「そうかもしれませんね…」

 翔一の言葉の調子から自分の意見には納得がいかないことを感じていた桜子だったが、丁度老婆が渡りきり後ろもつかえていたので、アクセルを踏み込み目的地まで急いだ。

 

 篠山由香子の住むアパートは中々の高級住宅だった。彼女の性格を聞いていた桜子は嫌な予感がしていたが、それが的中しないことを願いつつ部屋へと向かった。

「ここですね」

 最上階まで上がって来た二人は、一番奥に『篠山』と書かれた表札を見つけると早速呼び鈴を鳴らした。

「はーい」

 インターホンから甲高い声が聞こえてきた。

「警察の者です。篠山由香子さんはいらっしゃいますか?」

「由香子は私だけど?」

「片倉修平さんの事でお話を聞かせてもらいたいのですが」

 暫くすると、由香子はけばけばしい身なりをした姿で扉を開けた。

「なーに? あの人なんかやらかしたの?」

「片倉さんはご在宅ではないのですか?」

「はあ? 何で私に聞くの? ここにいる訳ないじゃない」

 とても四十路を過ぎた女性の話し方とは思えなかった。

「彼と一緒に暮らしているんじゃないの?」

「冗談でしょ? あんな年寄りと一緒に暮らすはずないじゃない。一年くらい前までストーカーのように付きまとっていただけよ。金回りが良かったから適当にあしらっていたけど、ここ最近は全然見なくなったわ」

 桜子の悪い予感は的中したどころか想定外の範疇であった。

「と言うことはあなた、二年前に片倉さんと駆け落ちした訳じゃなかったの?」

「まさか! 私はその時に金持ちの良い男が出来たんで、ここに引っ越して来たのよ。それでも、あの人家族を捨ててまで私の後を追って来たってだけよ」

 このような女性に対する一方的な片思いで片倉家が崩壊させられたかと思うと、翔一と桜子はなんともやり切れない気分になった。

「どんな些細なことでも構いません。片倉さんの居場所について何か心当たりはありませんか?」

 翔一はそれでも片倉の行方を知る手がかりを由香子から引き出そうとした。

「私を追いかけていた時はパートの宅配業者をやっていたみたいだけど?」

「その仕事先を教えていただけますか?」

 由香子から片倉の仕事先を教えてもらうと翔一は礼を言って別れを告げたが、桜子は無言で一足先にその場を去った。エレベーターに乗ると、桜子はため込んだものを全て吐き出すかのように、大きなため息をついたのであった。

「あんな女に人生を捧げる男の気がしれないわ。片倉さんも見る目がなかったのね」

 翔一は物言いたげな表情で桜子を見つめた。

「何よ?」

「いえ別に」

 

 二人が片倉の働いているであろう、小さな宅配会社に到着した時には既に午後九時を回っていた。辺りは暗くなっていたが、まだ明かりの付いている様子を見て急いで中に入って行った。

「どちら様ですか、こんな時間に?」

 応対してくれたのは、眼鏡を掛けたがたいの良い好青年であった。

「夜分に申し訳ありません、警察の者です。片倉修平さんと言う方はこちらにいらっしゃいますでしょうか」

「片倉はうちの社員ですが…」

 ようやく片倉の行方を掴んで、口角の上がった桜子は間髪入れず質問をした。

「彼は今いるの?」

「彼は今日、来ていませんよ」

 桜子の目が光る。

「どうして?」

「有給を取っていましたから。明日には出勤して来るはずですけど」

 桜子は片倉がいないことが分かると眉をひそめた。その隙を突いて翔一が横から質問を続けた。

「彼が休みを取った理由については何か御存知ありませんか?」

「さあ、プライベートな事まで把握はしていませんので。ただ…」

「ただ?」

「彼、この一か月に有給を何日も消化しているんです。今までこんなことは無かったものですから、不思議には思っていたんです」

「最近の彼に何か変わったことはありませんでしたか?」

「休みを取り出し始めた頃から、生き生きしているように見えました。以前とは打って変わって仕事もバリバリ働くし」

 翔一と桜子は話を聞き終えると、片倉の現住所を聞いてその場を後にした。その日の捜査はこれで終了とし、明日また片倉の元へ向かうことを決めると部下に別れを告げた。片倉から事情を聞き出すことさえ出来れば、一気に事件解決に繋がるだろうと桜子は高を括っていた。

 だが、事件は思わぬ展開に迷走していくことにこの時は知る由もなかった。

続く

「裏切り」 第三章 深まる謎…事件の鍵を握るのは誰? 

「裏切り」

第三章 

 翔一は部屋の中央に立ち現場を見渡していた。目に映ったのはこなれた手つきで鑑識が現場保存をしている姿ばかりだった。

「北条さん、何か目新しい発見はありましたか?」

「今の段階じゃまだ何とも言えないな」

 この男、北条透は桜子の一つ上の先輩で鑑識課員として優秀な存在であった。一癖ある翔一とも何故か波長が合う、数少ない警視庁内の人間である。

「しかしまあ、犯人も酷いことしやがる。首を絞めた上に頭を殴って止めを刺すんだから、よほど念入りに殺しておこうと思ったんだろうな」

 それを聞いた翔一が思わず一瞬だけ唸った。

「死因は絞殺ではないのですか?」

「ああ、首を絞められた跡は残っていたがこっちは致命傷には至っていない。死因は後頭部を強打させられたことによる脳挫傷だ」

「凶器の方は?」

「残念ながらまだ見つかっていない。だが傷の大きさと深さからして、一、二キロ程度の両手に収まるくらいの物だと思うぜ」

 

 翔一はますます、この事件がただの強盗殺人ではないと言う確信を持って行った。盗みに入った者が、顔を見た者を殺すためにわざわざ二つもの凶器を使うとは考えにくい。しかもご丁寧にその凶器は二つとも現場から持ち去られている。これは被害者に恨みを持つ者による犯行の線が高いと踏んでいた。その考えを野次馬の集まる片倉家の門前で翔一は桜子に話していた。

「まさか死因は絞殺じゃなかったなんてね…。けど、怨恨による殺人だとしても、どうして犯人はそんなまだるっこいやり方で被害者を殺したのかしら?」

 絞殺による窒息死だと力説していた桜子は何処となくバツが悪そうだった。

「それはまだ分かりません。今は最有力の手掛かりを握っていそうな片倉修平さんの行方を追うことが先決です」

 翔一と桜子は片倉の捜索に乗り出そうと気合を入れ直した。その時、野次馬の群れとは少し離れた所で、主婦らしき女性が三人で井戸端会議をしている様子が目に入ったので、二人は足を運んでみた。

「こんばんは」

「こんばんは…」

 笑顔で近寄って来た翔一に対し、一同は少し気後れしながら挨拶を返した。

「皆さんこの近くに住んでいらっしゃるのですか?」

「ええ、まあ。私の家はそこです」

 長身の物腰の低そうな女性が指を差した先は片倉家の隣家であった。

「片倉さんの隣人の方でしたか」

「青井と言います。片倉家の皆さんとは仲良くさせてもらっていたので、昌代さんが亡くなったと聞いてびっくりしました…。片倉さんのお宅から出て来る所が見えたので、お二人は警察の方ですよね?」

「申し遅れました。捜査一課の津上と申します」

「ちょっと、そこは上司の私から先に言わせるのが礼儀でしょ!」

 桜子も部下に遅れて名を名乗ると、三人に事件についての聞き込みを開始した。

「事件のあった一五時から一六時の間に何か変わったことはありませんでしたか?」

「そうねえ、その時は家の中でくつろいでいたしねえ」

 翔一の問いかけに最初に答えてくれたのは、少し太り気味の河口と言う主婦であった。

「宮岸さんはなんか思い当たることある?」

 河口が眼鏡を掛けた今度はやせ気味の主婦に質問を投げた。

「そう言えば、片倉さんの家の方から袋を持った人が慌てて走っていったわね」

 翔一と桜子は互いに見合った。

「男の人だった?」

「家の窓越しから見ていただけだし、フードも被っていたんでよく見えなかったけど、多分男の人じゃないかしら?」

「それは何時頃のことでしょうか?」

「ちょうどドラマが終わった時間だから、三時半くらいだったわね」

 それを聞いた二人は聞き込みを中断して三人の主婦に背を向けた。

「彼女の言うことが正しければ詩織さんの言っていた通り、修平さんが犯人である可能性は大きいわね」

「確かにその通りですが…」

「あの」

 小声で話す二人の刑事に対し青井が割って入って来た。

「何でしょうか?」

「宮岸さんの言った時刻と同じ頃なんですが、片倉さんのお宅から何かが割れたような音を聞きました」

「割れた音?」

「はい、その時はお皿でも落としたのかなとしか認識しませんでしたが…」

この話が事件と関連しているかは現時点では不明だったので、翔一は次の質問に移った。

「片倉修平さんのことを御存知でしょうか?」

 質問に答えたのはお喋りが好きそうな河口だった。

「ええ、別の女の人と逃げたって言う昌代さんの夫でしょ? 片倉さんの家はその事で当時は大変だったらしいわよ」

「彼のその後の行方について何か御存じないですか?」

「さーねえ、あれから全然見なくなったしね」

「では、篠山由香子と言う女性について何か心当たりはありますか?」

 翔一の言葉でその場が一瞬凍りついたような空気になった。

「篠山さん…? もしかして彼女が片倉さんの不倫相手だって言うの?」

「知っているの?」

「二年くらい前までこの近くに住んでいたから。でも本当にあの子と片倉さんが?」

「何か不審な点でも?」

「あの子、男関係にかなりだらしなくて化粧もかなり派手だったし、正直私達は敬遠していたのよね」

「新しい男が出来たからって、特に意味もなかったんだろうけど私達に住所先を教えてくれて、さっさと引っ越して行ったのよね。それがまさか片倉さんだったなんて…」

「彼女の現住所を御存知なんですか?」

「ええ、まあ。その後に彼女がどうなったかは知りませんが」

 思いがけない所で片倉の行方を知る手がかりを掴んだ翔一と桜子は、その住所先を教えてもらい礼を告げると、車に乗り込んで早速その住居へと向かったのであった。

続く

「裏切り」 第二章 容疑者は子供たち? 強盗殺人の裏を暴け!

「裏切り」

第二章

「何で俺たちのアリバイなんて聞くんですか?」

 翔一と桜子は落ち着きを取り戻しつつあった梢、慎太郎、詩織をリビングに集め聴取を行っていた。

「母親を亡くされたばかりで心中はお察します。ですが、あくまで形式的な質問なのでお答え願えないでしょうか?」

「冗談じゃない、俺たちのこと疑っているからそんなこと聞くんだろ? ふざけるのも大概にしろよ!」

 長男の慎太郎は低姿勢に構える翔一に対し、吐き捨てるように言った。

「…申し訳ありません。しかし、今回の事件は単なる強盗による殺人ではない可能性があります。事件解決のために、皆さんのご協力がどうしても必要なんです」

 桜子は黙って翔一を横目で見つめていた。

「どういうことです? ただの強盗殺人じゃないって…」

「慎太郎、ここは刑事さん達の言う通り協力すべきだわ」

 後ろから慎太郎の言葉を遮ったのは、先程までとは打って変わったように凛とした顔つきの梢であった。

「姉さん…」

「母を殺害した犯人を捕まえることが出来るのなら、どんなことでもご協力致します」

 梢はまだ少し項垂れている次女の詩織の背中をトンと叩いた。

「あたしも…協力します」

何とか三人の了解を得て翔一は一呼吸を置くと、殺害時刻のアリバイを梢から尋ねていった。

「私は一五時から一六時の間は二階の自室で寝ていました」

 予想外の答えに翔一と桜子は耳を疑った。

「家にいたのですか?」

「ええ、ここ最近体調が悪かったので。残念ながら証明は出来ませんけど」

「下の階で大きな物音とかは聞こえませんでしたか?」

「薬を飲んで熟睡していましたので何も…」

「嘘じゃない、俺が帰って来た時も姉さんは熱っぽかったんだ」

 二人の刑事の怪訝そうな顔つきを見て慎太郎が口を出してきた。

「何処に行っていたのですか?」

「就活から帰って来たんです。それから、スーツと鞄を置いてスーパーに買い物に行ったんです。今日は俺の買い出し当番だったんでね。生憎レシートは捨てちゃいました」

 慎太郎は次に質問される内容が分かっていたような口ぶりで話した。

「就職活動から帰って来た時に何か変わったことは?」

「二時半過ぎに帰って来ましたけど、特にありませんでしたよ。その時は母さんだって部屋にある鏡の前に座っていましたしね」

慎太郎は梢の方を見て頷くのを確認した。

「では詩織さんはその時に何を?」

 今度は桜子が詩織にアリバイを尋ねる。

「あたしはその時間、喫茶店でのバイトが終わって自宅に帰るまでぶらぶらと散歩していました。あたしも証明は出来ませんけど」

「何と言うお店ですか?」

「『グリーンカフェ』と言う所です。一週間前に始めた所でここから歩いて三十分くらいの場所にあります。四時半頃に帰って来た時には既に現場でお姉ちゃんとお兄ちゃんが呆然としていて…」

 誰も確かなアリバイがないようだと思いながらも桜子は三人に質問を続ける。

「どんな些細なことでも構わないわ。事件時刻の前後で何か気付いたことや変わったことはなかった?」

暫く考え込む三人の中で口火を切った者がいた。

「そういえば、あたしが帰ってくる途中に見たのって…」

 詩織が独り言のように呟いた。

「何の話です?」

「もしかしてあたし、お父さん見たかも…」

それを聞いた梢と慎太郎は一斉に詩織に目を見張った。

「何だって、親父に?」

「本当なの? 詩織」

 三姉弟の顔色が一変した。

「お父様と言うと?」

 翔一の問いかけに答えたのは梢であった。

「私達の父は二年以上前に別な女の人を作ってそのまま家を出たきり帰って来なかったんです…」

 梢の表情が俄かに暗くなった。

「母さんや俺たちが苦労していたのも全部あいつのせいなんだ! あいつは碌に働きもしなかった上に、家の金を盗んで女と逃げやがったんだ! 特に姉さんなんかは当時、結婚も決まっていてデザイナーを目指して留学もするはずだったんだ。だけど、あいつのせいでそれを全部捨てて近くで母さんを支えるようになったんだ!」

「慎太郎、その話はもういいから…」

 翔一と桜子は梢の心中を察すると同時に、父親である片倉修平について質問してみた。

「修平さんが現在暮らしている場所は御存知ないのかしら?」

「当たり前だろ、二年間音沙汰なしなんだから。だけど、一緒に暮らしているはずの女の名前なら知ってますよ」

「どうして?」

「親父が出て行く前、母が時々口にしていましたからね。確か篠山由香子って言う親父より一回り以上、年が離れた女だって聞いてますよ」

 慎太郎の話を聞き終えると、今度は翔一が詩織に質問を投げかけた。

「修平さんを見かけたのは何時頃でしょうか?」

「四時一〇分くらいだったと思います。今思えば少し慌てていたような気もします」

 その言葉を聞いた桜子の目が光る。

「もしかして家の方角から走って来たんじゃないの?」

 詩織は少し唸るように考えた。

「…そうかもしれません、断言は出来ませんが」

「おいおい、まさか親父が? 母さんがあいつを殺す動機はあってもその反対の可能性なんて…」

「慎太郎、滅多なこと言うもんじゃないわよ」

 梢が不謹慎な発言をする慎太郎をたしなめた。

「ともかく、片倉修平さんが事件に関与している可能性があります。我々はこれから彼の行方を追いますので、また何かありましたらお知らせください」

 上司を差し置いてその場を仕切った翔一はそのままリビングを後にして再び現場の部屋に戻って行った。

続く

「裏切り」 第一章 奪われた母の命…平穏な家庭を壊した「モノ」とは? 

「裏切り」*1

第一章

 都内に所在している割には似つかわしくない、何処か殺風景な趣を隠せない古風な民家があった。その家には現在、片倉昌代と言う女性とその娘二人、息子一人と家族四人で慎ましく暮らしていた。

 この一家の評判は近隣住民の間でも有名であり、特に長女である梢の人柄の良さは際立っていた。年齢は二十九と、既に所帯を持っていたとしても不思議ではないのだが、体が余り丈夫でない母親の昌代の代わりに片倉家の生計をほぼ一人で立てていたのである。長男の慎太郎は高校を卒業してからというものの専ら就職活動中であり、社会に進出して姉の梢や母親を少しでも楽にさせる事を旨としていた。次女の詩織は短大生であり、アルバイトをしながら姉のやりくりを微力ながら支えていた。昌代も子供達にばかり迷惑をかけるのは忍びないと思い、収入は少ないが内職をいつしか始めていた。家族全員が苦労はしていたものの、仲睦まじく暮らしていた四人は周りの人間から羨まれるほどであった。

 しかしながら、そんな片倉家の平穏はある出来事を介して一変した。自宅で母親の昌代の遺体が発見されたのである。警察が駆け付けた時、第一発見者の長女である梢は魂が抜け落ちたような状態で事切れた母親を見つめていた。その横では詩織が唇を噛みしめていた慎太郎の肩で、幼児のように叫びそして泣いていた。

 現場の状況を見渡していた警視庁警部の沢渡桜子は、辺りの物が無造作に遺体の上にまで散らばっていた事と部屋に泥まみれの足跡がある事から物取りの線が高いと踏み、盗まれた物がないかをまだ半落ち状態である梢に尋ねていた。その間に彼女の部下である津上翔一は、好き勝手に部屋を観て回っていたのである。

「どうしてこんなにも泥だらけの足跡が残っているのでしょうか?」

 一通り観察を終えた翔一がまだ梢と話している桜子に不躾に問いかけて来た。

「彼女の死亡推定時刻の一五時から一六時に、少しの間だけど激しい夕立があったそうよ。ほら、裏庭にもくっきりと足跡が残っていたわよ」

 裏庭に回った翔一は正門から縁側まで綺麗に残った往復している足跡を見た。大きさからして男性の靴跡だと思われた。

「縁側から犯人は侵入して、昌代さんのいる部屋へ向かい帰りもここから出て行ったということか…」

「何か腑に落ちない点でも?」

 急に後ろに現れた上司にも微動だにせず、「いえ、別に…」とだけ神妙な顔をして答える部下に桜子は鼻息をついた。

「犯人はここから侵入して、物色している最中に被害者に顔を見られて殺害し、またここから逃げたって所かしらね」

 桜子は窓の鍵周囲のガラスだけ割られている現場をまじまじと見ながら、部下と同じような発言を得意気にしていた。

「ところで盗まれた物や凶器は何だったんですか?」

 翔一がしたり顔の桜子に尋ねる。

「梢さんによると、いくらかの現金と通帳や印鑑を持って行かれたそうよ。凶器はまだ見つかっていないけど、首を絞められた跡がくっきり残っていたからおそらく絞殺による窒息が死因ね。となると、凶器は索状痕の大きさからして幅が三、四㎝程度のヒモ状の物だと思うわ」

 翔一がまたも難しい顔つきになる。

「どうしたの?」

「やはり、少しおかしいと思います」

 それを聞いた桜子の顔も険しくなる。

「一体何が?」

「凶器が見つかっていないと言うのなら、それは犯人が持ち去ったという可能性が高い。しかし、見ず知らずの者による衝動的な殺人でそれをするメリットがあるでしょうか?」

「自分の痕跡が残るようなものを凶器にしたんじゃないの?」

「では、首を絞めた後でその凶器を回収し犯人はどうしたと思いますか?」

「当然、急いで逃げたでしょうね」

「いいえ、犯人は被害者を殺した後で金品を盗んでいます」

「何でそんなことが分かるの? 物色した後で殺したかもしれないじゃない」

 自分に意見する部下の反抗的なこの態度は桜子に火を点けていた。

「それなら遺体の上に物が散らばっていた説明が付きません。殺人を犯した者はすぐに現場を立ち去りたいと思うのが普通です。ですが、この犯人は凶器をわざわざ回収してその後で部屋を荒らしながら通帳やら印鑑を盗んでいます」

 若干圧倒されつつも、桜子は負けじと退きたくはなかった。

「よほど冷静で手だれた強盗だったのかもしれないわね…」

「それにしては、物色の仕方が下手くそで物が散乱しすぎです。あれは素人による犯行の可能性が高いと思います」

 桜子はこの生意気な部下の意図が今一つ分からなかった。

「あんたは一体何が言いたいわけなのよ?」

「これはただの強盗殺人ではない可能性があると言うことです」

続く

*1:この小説の登場人物は昔好きだった仮面ライダーに出てくるキャラと同名となっておりますゆえ悪しからず

「贖罪の過去」 終章 被害者と加害者を結ぶ奇妙な接点?

「贖罪の過去」

終章

「そうですか、それで主人は…」

 翔一と桜子は絵李菜の住居に訪れていた。岩城が離婚を申し出た動機を伝えるためである。

「御主人は自分のミスで香苗さんの遺族からあなたにも怒りの矛先が向けられる事を恐れていました。そのためあなたに被害が及ばないよう、別れることを決意せざるを得なかったんです」

 絵李菜は夫の真意を知ると、窓の前に立ち外を見据えていた。

「水臭い人…。どうして私に何も教えてくれなかったのよ…」

 翔一と桜子は絵李菜に伝えるべき事を伝えるとすぐに別れを告げた。帰り際に桜子が独り言のようにまたもか細い声で翔一に問いかける。

「香苗さんに容疑が向けられた事件に目を付けた理由は父親の名前にあったのね…」

「ええ、香苗さんのプロファイリングに書かれていた親族の中に管理人さんの名前、『大木聡史』とありましたから。しかし、気になったのは奥さんから聞いたところによると結婚当時は彼は自分の姓を捨て、『和泉』を名乗っていたそうなんです」

 桜子が瞬時に反応する。

「岩城君と同じ婿養子だったってこと?」

「もしかしたらそれが最大の理由だったのかもしれませんね」

 部下の不可解な発言に桜子は首を傾げる。

「管理人さんも昔に岩城さんと同じような境遇であったのかもしれません。岩城さんは彼と何処か通ずるところがあったのかもしれない、そのため自分に殺意を抱いている事もいち早く感知出来たのかも…しれませんね」

 全く根拠のない言い分だと思っていたが、その時の桜子はわずかに影を落とした表情の部下を見て、頭から否定することは出来なかったのである。

*1

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「贖罪の過去」 第六章 犯人なあなたです...事件の裏に隠れた涙の真相

「贖罪の過去」

第六章

 翌日、翔一は一人で畠山家に再び訪れた。迎えてくれたのは今度は千夏であった。

「今日はどう言った御用でしょうか?」

「実は岩城さんを殺害した犯人が分かったのでそれをお伝えしに参りました」

 千夏は一瞬動揺したような素振りを見せたが、それを悟られまいと翔一を中に入れた。

「犯人が誰なのかをお伝えする前に一つあなたに確認しておきたい事があります」

「何でしょうか…?」

 リビングに着いたと同時に翔一は早速千夏を揺さ振る様な言葉を発した。

「あなたは岩城さんと同窓会で本当に会話をしなかったのですね?」

「はい…」

 千夏の声が俄かに暗くなる。

「彼を見たのは小学生の時以来、間違いありませんね?」

「そうです…。何をおっしゃりたいんですか…?」

 翔一は千夏の目を確と見つめ直し話を続ける。

「では、あなたは何故カウンター席に座っていたのが岩城さんだと分かったのでしょうか? 親しい間柄でもなかったのなら、この十年以上の歳月で顔も変わっていた筈ですし、彼だと見分けるのは容易ではないと思うのですが」

 それを聞いた千夏は翔一に初めて険しい口調で反論した。

「そんなの雰囲気で分かっただけですよ! 顔は変わっていても彼の面影は昔と…」

 千夏は我に返ったように急に口を噤んだ。

「昔…ですか?」

 俯いた千夏を見て、翔一は一息を吐く。

「すいません、千夏さん。僕はもうあなたと岩城さんの関係を分かっているんです。どうか正直に話して頂けませんか?」

 千夏はこの刑事からもう逃げられないと悟り、ソファーに腰かけ真実を語り始めた。

「刑事さんの察する通り、私は彼と同窓会の日に話をしました。お開きになった後、彼から私に話しかけて来たんです」

「あなたと岩城さんにとっては小学生以来の再会以上に、幼少の頃に両親が分かれて以来の再会だったんですね?」

 千夏は小さく頷き話を続けた。

「まだ小さい頃に母が私を連れて、暴力の酷かった父の下を去ったんです。兄を残して…。それから私が兄に再会したのは小学六年生で彼と同じクラスになった時でした」

「そこであなたは彼を含む男子生徒にいじめを受けたんですね?」

「はい…。私が旧姓に戻った事と物心がつく前に親が離婚したせいか、彼は私が誰だか気付いていませんでした。しかし、私は彼を見た瞬間兄だと分かりました。その事を母に話したら、私に兄を置いて父の下から逃げて来たと言う事を教えてくれたんです…」

「岩城さん…お兄さんを恨みはしなかったと言う話は本当だったんですね」

「兄が当時にどれ程辛い思いをしていたか想像すれば、私に対するいじめなど何も感じませんでした…!」

 千夏の声には力が籠っていたにも関わらず、同時に大きく震えていた。

「あなたは自分が妹だとは名乗らなかったのですか?」

 千夏が翔一の尤もな質問に顔を向ける。

「勿論、言おうとは思いました。ですが、母にそれは固く禁じられたんです。当時に父と暮らしていた兄に自分が妹だと名乗れば、父に居場所を突き止められるかもしれないと母はこの上なく恐れていたからです…」

「しかし、卒業してから岩城さんは何らかの経緯であなたが妹だと知った」

 千夏は話を同窓会時に戻す。

「兄が話しかけて来た時、私も正直に言うと怖かったんです。自分を捨てた身内に復讐心を抱いているんじゃないかって…。ですが、私を咎めるどころか、小さないじめをしたことに対して、開口一番に謝ってくれたんです。その時、涙を流さずにはいられませんでした…」

「それでどんな話を?」

「言葉が見つからず大した話はしませんでした。兄は自分が今住んでいるアパートの住所を私に教えてくれたくらいです…」

 翔一はこの言葉を聞いて、今回の事件の流れを完全に理解した。

「その住所をお母さんにも教えたのではありませんか?」

千夏は再度口を噤んだが、おもむろに切り出した。

「はい…。翌日の夜中に母は兄に会いに行きました。会って一度謝りたいと言っていましたので…」

「しかし、その翌朝に岩城さんは遺体となって発見されました。お母さんは帰って来た時に、あなたに彼に会いに行っていた事は黙っていてくれとお願いしたのではありませんか?」

 翔一のその台詞を聞き、千夏は必死になって訴える。

「でも、待って下さい! 母が兄を殺しただなんて私にはどうしても信じられないんです! きっと何かの間違いで…」

「お母さん、そこに居るなら出てきて頂けないでしょうか?」

 千夏が振り向いた先に、リビングの扉を開けて千夏の母親が顔を覗かせた。

「話は全て聞いていましたね?」

「刑事さん、どうして私があの子の母親だと分かったんですか…?」

「それに気付いたのは僕ではなく、僕の上司です」

 暫くすると桜子もリビングの扉を開けて入ってきた。横には年配のアパートの管理人もいる。

「管理人さん、あなたが見たと言うのはこの方でしょうか?」

「ええ、思い出しました。この女の人です」

 千夏の母親は桜子の方に向き、先刻の疑問を改めて質問した。                                 

「どうして私があの子の母親だと…?」

 桜子は千夏に視線を向け千夏の母親の質問に答えてみせた。

「千夏さんと岩城君は二卵性の双子ですので、二人の顔は余り似ていません。しかし、あなたの顔は何処か岩城君の面影が残っていました。それが気になって、私はあなた方の事を調べてみたんです」

「あなたは俊と友達だったの…?」

「ええ、中学生の時からのね」

 翔一は二人の会話に割って入り話を戻した。

「お母さん、あなたが岩城さんに会いに行った事を隠して置きたかったのは、千夏さんが先程おっしゃった理由と同じですね?」

 千夏はきょとんとした表情になり、母親の話を黙って聞いていた。

「そうです…。もしかしたら警察が私の所にも来るかもしれない、それで本当の事を言えば私は容疑者になり新聞沙汰にもなり兼ねないと思いました。夫だったあの人にこちらの事情を伝える様な真似だけはどうしても避けたかったんです…」

 翔一と桜子はこの母親が元伴侶にどれだけ酷い仕打ちを被っていたのか容易に想像が付いた。

「じゃあ、母は兄を殺してなんかいないんですか?」

 質問には桜子が答えた。

「ええ、お母さんが着いた時にはもう既に彼は亡くなっていたのよ」

 千夏は涙ぐみながらそのあどけない顔を母親に向ける。

「どうして本当の事を言ってくれなかったの? てっきり私は…」

 千夏の母親は娘の涙目に顔を背ける。

「ごめんなさい千夏…。忌まわしい父親の事をあなたに無理に蒸し返したくはなかったの…」

 そう言うと、娘を抱きしめながら親子共々すすり泣いた。

「でも待って…。それじゃあ、兄は一体誰に…?」

 すすり泣きを止めた千夏は翔一に事件の真意を尋ねる。

「岩城さんを殺害したのは、あなたですね?」

 その視線が向けられた先は管理人であった。

「急に何を言うのですか!」

 千夏達は目を見開き管理人の方に振り向く。

「あなたは千夏さんのお母さんが偶然、殺害現場に訪れたのを良い事に容疑を彼女に向けさせるため僕達に目撃情報を教えたんです」

 管理人は翔一に猛反発し、自分が無実だと徹底的に訴える。

「その方が間違いなく殺したに決まっている! 逃げるように駐車場から去って行くところを私はしっかりと見たんだ!」

 翔一は冷静に対抗してみせる。

「死んだ人を見れば誰だってそのような動きをします。岩城さんの背中に残っていた刺し跡は左利きによる者の犯行でした。管理人さん、あなたと同じね」

 顔を強張らせた管理人は千夏の母親を指した腕をさっと下げた。

「そんな理由だけで犯人呼ばわりですか? 私は事件解決のために協力して欲しいと、こちらの刑事さんに頼まれて来たと言うのにこんな扱いは酷すぎますよ!」

 管理人がリビングの扉を開けて出て行こうとした矢先、翔一がその背中にはっきりと言い放つ。

「既に現場近くの川から凶器と思われるナイフが発見されています。わずかでしたが指紋も残っていたので、白を切り通すのは時間の問題ですよ」

 管理人が足を止めた様子を見ると、すかさず翔一は事件の裏に隠れた真相を改めて確認する。

「岩城さんを殺害した動機はやはり娘さんの復讐ですね?」

 間もなく小さく頷いた管理人を黙視すると、翔一は話を続ける。

「彼はあなたが奥さんと別れた後、謝罪に来たんです。謝ろうにも奥さんでさえ連絡先が分からなかったあなたには、その言葉を伝える事が出来なかったんです」

 ここで管理人は鬼のような形相で顔を上げ、翔一に吐き捨てるように怒号をあげた。

「謝れば全てが許されると思っているのか! あいつのいい加減な根拠もない言い分で、娘の香苗は犯罪者扱いをされ死んだんだぞ!」 

 破竹の勢いで胸の内を打ち明けた管理人に千夏達は怯えていたが、翔一は負けじとあくまで立ち向う姿勢を崩さなかった。

「あなたは良枝さんと別れた後に自分で娘さんが無実だったと言う事を証明しようとしたんですね?」

「そうだ! 香苗が死んで一年程経った時に私は検察庁に行ってみた! 娘は無実だったと職員に訴えたら、急に顔色が変わった! 根強く問い質したら口を割って、つい最近に真犯人が自首しに来たと聞かされたんだ!」

 翔一と桜子はその事実が検察庁内の一部の人間の間で交わされた暗黙の了解であったと改めて確信した。

「犯人は許せなかったが、あの検事も殺してやりたい程に許せなかった! だが、あいつの居場所も分からなかったしその熱も次第に冷めていった。私は管理職に就いて落ち着きを取り戻していったんだ…あの男がまた現れるまでは!」

 管理人の声はますますヒートアップしていった。

「香苗が死んで二年…たったの二年だ! あいつが引越しの挨拶に来た時、事も有ろうに私に全く気付いていない様子だった! もう娘の事も綺麗に忘れたに違いない、そう思った私は再び殺害しようと決心したんだ!」

 翔一と桜子は沈黙を続けていた。

「あいつが心から悔やんでいたのなら、私の顔を忘れる訳なんてない! 良枝に謝りに来たことだって、どうせ体裁を繕うためだけにやった事だったんだ!」

「違うわ!」

 管理人の言葉を遮ったのは桜子の一言であった。

「岩城君はあなたの事を忘れてなんかいなかった! 彼は本当にあなたに心からお詫びをしたかったのよ!」

 桜子は懐から岩城の部屋から発見された冊子を取り出し、管理人に突きつけた。だが、頁をめくりそれに目を通した管理人にはさらに火を付けたのである。

「こんなものが何だと言うんだ! それなら何故すぐに頭を下げに来なかったんだ!」

 その問いには、翔一が上司の一歩前に出て代わりに答えた。

「それはあなたに殺されるためですよ」

 管理人だけではなく、千夏達も耳を疑った。

「どう言う意味だ…? 殺されるためだと?」

「ええ。岩城さんがあなたと再会したのは偶然なんかではありません。あなたが管理人を務めている事を知っていて尚、あのアパートの部屋を借りたんです。アパートのオーナーに伺ったところ、岩城さんはあなたがそこの管理人を務めているかどうか何度も確認していたとおっしゃっていました」

 管理人はまだ翔一の言葉を信じることが出来なかった。

「う…嘘を吐くな! そうだとしても、私が殺そうとしていた事をあいつが知っていたわけ…」

「確かにそうです。しかし、岩城さんは再会した時にあなたと同じく自分の事を覚えていると確信していたのではないでしょうか? 自分に殺意を抱いているかどうかまでは分からなくとも、岩城さんはいつでも死を受け入れる覚悟でいた。あなたが実行しやすいよう環境も常に、暗に整えていたのではないでしょうか?」

 管理人は何かを思案しているかのように再び俯いた。

「思い当たる節はありそうですね。彼は日を追うごとに、次第にあなたに対する謝罪の気持ちではなく、贖罪の念に変わっていったんです。自分の失態で香苗さんを亡くした事に対してあなたと同様に苦しんだ。奥さんの所へ一人で真実を伝えに足を運んだことも、冊子に罪の意識の言葉を無数に書き記したことも全て、彼の償い切れない程の気持ちの表れだったんです」

 管理人は膝を突き子供のように泣きじゃくった。その様子を見ていた千夏も母親の懐ですすり泣くことしか出来なかった。

続く

「贖罪の過去」 第五章 事件の真相を追え!両者の行き着く被害者の許されない過去

「贖罪の過去」

第五章

 警視庁に戻って来た翔一と桜子は例によってコーヒーを啜っていた。一口飲んでカップを置いた桜子は翔一に先刻の疑問をぶつける。

「どうしてあの殺人事件だけに絞ったの?」

 翔一もカップを置いたが桜子の声はどうやら届いていなかった。

「桜子さん、少し調べておきたい事があるんですが」

 自分の質問を無視された桜子は苛立ったが、ここでは事件解決のために一歩引き下がった。

「そう、わかったわ。実は私も一つ気になる事があるの。今から別行動を取ることにしましょう」

 そう言うと、一足先に桜子は部屋を出て行った。翔一は桜子が思う疑問が何か気になっていたが、今は自分が成すべき事を果たしに同じく警視庁を後にしたのであった。

 

翔一の目的地は和泉香苗の住居であった。先刻の職員の男の挙動から、岩城が扱った殺人事件には裏があると確信した翔一は、遺族に事件当時の様子を聞き出そうとしていたのである。

「香苗が死んで二年になりますかね…」

 現在、和泉家には母親の良枝しか住んでいなかった。娘である香苗が亡くなったその後、亭主との生活も円滑には進まず別れたと言う。

「蒸し返すような真似をして大変申し訳ないと思っております。どうか話しては頂けないでしょうか?」

 良枝は何も言わず当時の出来事をゆっくりと話し始めた。

「香苗は無実だと訴えていました。私も夫も娘が人を殺めたなんてどうしても信じられませんでした。しかし最終的には、検事の方の言い分が有力だと決定的な証拠もないのに判決は有罪となりました。そして刑務所暮らしになった香苗が亡くなったと聞いたのは、それから暫くしてからの事です…」

「それだけでしょうか…?」

一呼吸置いて良枝は話を続けた。

「娘が亡くなってから一年程経った時、あの検事の方がある事を伝えに家に来たんです。その内容を聞いた時、愕然としました」

「何を伝えに来たんですか?」

 予想はついていた翔一であったが、そう聞かずにはいられなかった。

「娘は無実だったと…。犯人が自首しに来たそうなんです。その供述からその人で間違いないと分かり、検事の方は土下座しながら謝罪してくれました…」

「あなたはそれでその検事の方を許しましたか?」

 良枝は一旦渋ったような表情になり下を向いたが、翔一の方に向き直ってその顔を見据えた。

「あの方は心から悔やんでいたと思います。謝罪一つ一つの言葉からその気持ちはよく伝わってきました」

 良枝は涙を流しながら当時の状況を思い返していた。翔一もこれ以上は良枝の心の傷をえぐる様な真似は出来なく、次の質問を最後にしようと心に決めていた。

「その検事の方が来たのはあなたが離婚した後ではありませんか?」

「ええ、そうですが…?」

その後、和泉家から帰路についていた翔一は何処か浮かない顔をしていた。そんな中、携帯電話が鳴った。桜子からである。

「翔一? 実はこっちで調べていた件だけど、驚くべき事実が発覚したわ…」

 それを聞いた翔一もさすがに耳を疑ったようだった。しかし、すかさずいつもの態度に直り桜子に囁く様に言った。

「それで最後の疑問が解けました」

続く