「贖罪の過去」 第一章 被害者の抱える「贖罪」の念とは? 短編ミステリー小説初公開!
「贖罪の過去」
第一章
警視庁捜査一課の沢渡桜子は久方ぶりの休暇を取っても、決して羽目を外そうとは思っていなかった。警察官と言う因果な仕事に就いた以上、たとえ休みであっても一日にして市民安全を第一とする心得を忘れてはいけなかったからである。単純ながら誰よりも肝に銘じていたその惹句が、一課が彼女の多少の粗暴にも目をつぶる大きな要因だったのかもしれない。
しかしながら中学生時代の旧友に出くわした事が、今日の彼女の信念を懐かしさの余り暫く吹き飛ばしてしまった。積もる話もあるため、半ば桜子は強引にその友人を最寄りの喫茶店に引っ張って行き、お茶をしていたのである。
「本当に久しぶりね。十二年ぶりかしら?」
「卒業の時以来だから十一年ぶりだよ」
桜子と同じクラスであった岩城俊は、彼女と同様に旧友と会えたことを嬉しく思いながら話をしていた。
「沢渡は国家公務員Ⅰ種の試験をパスして警視庁の警部か、すごいじゃないか。あの時の御転婆ぶりからは想像も付かないけどな」
含みのある岩城の発言にも桜子は笑って応対した。
「今はお淑やかになっていますからご安心下さい。それにあなただって司法試験に受かって検察官になったんでしょ?」
「まあな。犯罪者を許せないって言うだけの幼稚な動機で上り詰めたって感じだけど」
「それが一番大切な事じゃない? あなたにとっても私にとってもね」
互いに笑みの眉を開いていると、注文したコーヒーを持ってきたウェイターが一時会話を遮った。カップを口に持っていきながら、桜子が再び話に戻る。
「ところで、あなた結婚はしたの?」
若干吹き出しそうになった岩城であったが、すぐに立て直した。
「何だよ、藪から棒に。どうでも良いだろ、そう言うお前はどうなんだ? あ…お前にとっては野暮な質問だったか」
「どう言う意味よ、それ」
桜子はカップを置くと話題から少し逸れた話に入った。
「だけど警察も検事も因果な仕事だからね、所帯を持つと家族の事も心配だから安易に結婚なんて出来ないわ。人の命の危険を伴う仕事にうんざりする事ってあなたもあるんじゃない?」
岩城は急に真摯な目を向けて桜子に言い放つ。
「ないな。たとえそれで誰かに殺されたとしても俺は本望だと思っている。それに…」
何か言いたげな言葉を発した岩城に桜子は詰め寄り、何処か重々しいその口を開かせた。
「俺は殺されても仕方のない人間だ」
押し殺したような声で口にした台詞から桜子は当然何かを察していた。しかしこれ以上は自分が追及すべき問題ではないので、話題を切り替えて笑談に再び戻したのであった。その後すぐに岩城とは別れて、桜子も帰路についていた。岩城のあの台詞がどうしても頭から離れないでいたが、翌日出社した時にはもう忘れていた。岩城が死体となって発見されたと言う通報が入るまでは。
続く