短編 刑事・ミステリー小説

ちょっとしたミステリーや人間の心理を観察することが好きな方は是非一度ご覧を

「裏切り」 第三章 深まる謎…事件の鍵を握るのは誰? 

「裏切り」

第三章 

 翔一は部屋の中央に立ち現場を見渡していた。目に映ったのはこなれた手つきで鑑識が現場保存をしている姿ばかりだった。

「北条さん、何か目新しい発見はありましたか?」

「今の段階じゃまだ何とも言えないな」

 この男、北条透は桜子の一つ上の先輩で鑑識課員として優秀な存在であった。一癖ある翔一とも何故か波長が合う、数少ない警視庁内の人間である。

「しかしまあ、犯人も酷いことしやがる。首を絞めた上に頭を殴って止めを刺すんだから、よほど念入りに殺しておこうと思ったんだろうな」

 それを聞いた翔一が思わず一瞬だけ唸った。

「死因は絞殺ではないのですか?」

「ああ、首を絞められた跡は残っていたがこっちは致命傷には至っていない。死因は後頭部を強打させられたことによる脳挫傷だ」

「凶器の方は?」

「残念ながらまだ見つかっていない。だが傷の大きさと深さからして、一、二キロ程度の両手に収まるくらいの物だと思うぜ」

 

 翔一はますます、この事件がただの強盗殺人ではないと言う確信を持って行った。盗みに入った者が、顔を見た者を殺すためにわざわざ二つもの凶器を使うとは考えにくい。しかもご丁寧にその凶器は二つとも現場から持ち去られている。これは被害者に恨みを持つ者による犯行の線が高いと踏んでいた。その考えを野次馬の集まる片倉家の門前で翔一は桜子に話していた。

「まさか死因は絞殺じゃなかったなんてね…。けど、怨恨による殺人だとしても、どうして犯人はそんなまだるっこいやり方で被害者を殺したのかしら?」

 絞殺による窒息死だと力説していた桜子は何処となくバツが悪そうだった。

「それはまだ分かりません。今は最有力の手掛かりを握っていそうな片倉修平さんの行方を追うことが先決です」

 翔一と桜子は片倉の捜索に乗り出そうと気合を入れ直した。その時、野次馬の群れとは少し離れた所で、主婦らしき女性が三人で井戸端会議をしている様子が目に入ったので、二人は足を運んでみた。

「こんばんは」

「こんばんは…」

 笑顔で近寄って来た翔一に対し、一同は少し気後れしながら挨拶を返した。

「皆さんこの近くに住んでいらっしゃるのですか?」

「ええ、まあ。私の家はそこです」

 長身の物腰の低そうな女性が指を差した先は片倉家の隣家であった。

「片倉さんの隣人の方でしたか」

「青井と言います。片倉家の皆さんとは仲良くさせてもらっていたので、昌代さんが亡くなったと聞いてびっくりしました…。片倉さんのお宅から出て来る所が見えたので、お二人は警察の方ですよね?」

「申し遅れました。捜査一課の津上と申します」

「ちょっと、そこは上司の私から先に言わせるのが礼儀でしょ!」

 桜子も部下に遅れて名を名乗ると、三人に事件についての聞き込みを開始した。

「事件のあった一五時から一六時の間に何か変わったことはありませんでしたか?」

「そうねえ、その時は家の中でくつろいでいたしねえ」

 翔一の問いかけに最初に答えてくれたのは、少し太り気味の河口と言う主婦であった。

「宮岸さんはなんか思い当たることある?」

 河口が眼鏡を掛けた今度はやせ気味の主婦に質問を投げた。

「そう言えば、片倉さんの家の方から袋を持った人が慌てて走っていったわね」

 翔一と桜子は互いに見合った。

「男の人だった?」

「家の窓越しから見ていただけだし、フードも被っていたんでよく見えなかったけど、多分男の人じゃないかしら?」

「それは何時頃のことでしょうか?」

「ちょうどドラマが終わった時間だから、三時半くらいだったわね」

 それを聞いた二人は聞き込みを中断して三人の主婦に背を向けた。

「彼女の言うことが正しければ詩織さんの言っていた通り、修平さんが犯人である可能性は大きいわね」

「確かにその通りですが…」

「あの」

 小声で話す二人の刑事に対し青井が割って入って来た。

「何でしょうか?」

「宮岸さんの言った時刻と同じ頃なんですが、片倉さんのお宅から何かが割れたような音を聞きました」

「割れた音?」

「はい、その時はお皿でも落としたのかなとしか認識しませんでしたが…」

この話が事件と関連しているかは現時点では不明だったので、翔一は次の質問に移った。

「片倉修平さんのことを御存知でしょうか?」

 質問に答えたのはお喋りが好きそうな河口だった。

「ええ、別の女の人と逃げたって言う昌代さんの夫でしょ? 片倉さんの家はその事で当時は大変だったらしいわよ」

「彼のその後の行方について何か御存じないですか?」

「さーねえ、あれから全然見なくなったしね」

「では、篠山由香子と言う女性について何か心当たりはありますか?」

 翔一の言葉でその場が一瞬凍りついたような空気になった。

「篠山さん…? もしかして彼女が片倉さんの不倫相手だって言うの?」

「知っているの?」

「二年くらい前までこの近くに住んでいたから。でも本当にあの子と片倉さんが?」

「何か不審な点でも?」

「あの子、男関係にかなりだらしなくて化粧もかなり派手だったし、正直私達は敬遠していたのよね」

「新しい男が出来たからって、特に意味もなかったんだろうけど私達に住所先を教えてくれて、さっさと引っ越して行ったのよね。それがまさか片倉さんだったなんて…」

「彼女の現住所を御存知なんですか?」

「ええ、まあ。その後に彼女がどうなったかは知りませんが」

 思いがけない所で片倉の行方を知る手がかりを掴んだ翔一と桜子は、その住所先を教えてもらい礼を告げると、車に乗り込んで早速その住居へと向かったのであった。

続く