「裏切り」 第四章 父親の行方は何処?
「裏切り」
第四章
「何を考え込んでいるの?」
サングラスを掛けて豪放な運転をする桜子は、助手席で物思いにふける部下が気になっていた。
「青井さんの仰っていた『何か』が割れた音と言うのが気になりまして」
「それが事件と関係あるかは分かんないんでしょ?」
「ですが、死亡推定時刻にそのような音が鳴ったというのは、やはり単なる偶然とは思えません。現場には陶器類が割れていた様子はありませんでしたし」
横断歩道を横切る老婆が見えたので桜子は車を一旦停止させた。
「それじゃあ、窓ガラスが割れた音じゃないかしら? ほら、鍵付近の所だけ割られていたでしょ? きっと犯人が片倉家に侵入した時のその音を青井さんは聞いていたのよ」
「そうかもしれませんね…」
翔一の言葉の調子から自分の意見には納得がいかないことを感じていた桜子だったが、丁度老婆が渡りきり後ろもつかえていたので、アクセルを踏み込み目的地まで急いだ。
篠山由香子の住むアパートは中々の高級住宅だった。彼女の性格を聞いていた桜子は嫌な予感がしていたが、それが的中しないことを願いつつ部屋へと向かった。
「ここですね」
最上階まで上がって来た二人は、一番奥に『篠山』と書かれた表札を見つけると早速呼び鈴を鳴らした。
「はーい」
インターホンから甲高い声が聞こえてきた。
「警察の者です。篠山由香子さんはいらっしゃいますか?」
「由香子は私だけど?」
「片倉修平さんの事でお話を聞かせてもらいたいのですが」
暫くすると、由香子はけばけばしい身なりをした姿で扉を開けた。
「なーに? あの人なんかやらかしたの?」
「片倉さんはご在宅ではないのですか?」
「はあ? 何で私に聞くの? ここにいる訳ないじゃない」
とても四十路を過ぎた女性の話し方とは思えなかった。
「彼と一緒に暮らしているんじゃないの?」
「冗談でしょ? あんな年寄りと一緒に暮らすはずないじゃない。一年くらい前までストーカーのように付きまとっていただけよ。金回りが良かったから適当にあしらっていたけど、ここ最近は全然見なくなったわ」
桜子の悪い予感は的中したどころか想定外の範疇であった。
「と言うことはあなた、二年前に片倉さんと駆け落ちした訳じゃなかったの?」
「まさか! 私はその時に金持ちの良い男が出来たんで、ここに引っ越して来たのよ。それでも、あの人家族を捨ててまで私の後を追って来たってだけよ」
このような女性に対する一方的な片思いで片倉家が崩壊させられたかと思うと、翔一と桜子はなんともやり切れない気分になった。
「どんな些細なことでも構いません。片倉さんの居場所について何か心当たりはありませんか?」
翔一はそれでも片倉の行方を知る手がかりを由香子から引き出そうとした。
「私を追いかけていた時はパートの宅配業者をやっていたみたいだけど?」
「その仕事先を教えていただけますか?」
由香子から片倉の仕事先を教えてもらうと翔一は礼を言って別れを告げたが、桜子は無言で一足先にその場を去った。エレベーターに乗ると、桜子はため込んだものを全て吐き出すかのように、大きなため息をついたのであった。
「あんな女に人生を捧げる男の気がしれないわ。片倉さんも見る目がなかったのね」
翔一は物言いたげな表情で桜子を見つめた。
「何よ?」
「いえ別に」
二人が片倉の働いているであろう、小さな宅配会社に到着した時には既に午後九時を回っていた。辺りは暗くなっていたが、まだ明かりの付いている様子を見て急いで中に入って行った。
「どちら様ですか、こんな時間に?」
応対してくれたのは、眼鏡を掛けたがたいの良い好青年であった。
「夜分に申し訳ありません、警察の者です。片倉修平さんと言う方はこちらにいらっしゃいますでしょうか」
「片倉はうちの社員ですが…」
ようやく片倉の行方を掴んで、口角の上がった桜子は間髪入れず質問をした。
「彼は今いるの?」
「彼は今日、来ていませんよ」
桜子の目が光る。
「どうして?」
「有給を取っていましたから。明日には出勤して来るはずですけど」
桜子は片倉がいないことが分かると眉をひそめた。その隙を突いて翔一が横から質問を続けた。
「彼が休みを取った理由については何か御存知ありませんか?」
「さあ、プライベートな事まで把握はしていませんので。ただ…」
「ただ?」
「彼、この一か月に有給を何日も消化しているんです。今までこんなことは無かったものですから、不思議には思っていたんです」
「最近の彼に何か変わったことはありませんでしたか?」
「休みを取り出し始めた頃から、生き生きしているように見えました。以前とは打って変わって仕事もバリバリ働くし」
翔一と桜子は話を聞き終えると、片倉の現住所を聞いてその場を後にした。その日の捜査はこれで終了とし、明日また片倉の元へ向かうことを決めると部下に別れを告げた。片倉から事情を聞き出すことさえ出来れば、一気に事件解決に繋がるだろうと桜子は高を括っていた。
だが、事件は思わぬ展開に迷走していくことにこの時は知る由もなかった。
続く