「裏切り」 第五章 容疑者である父親をついに発見したが…?
「裏切り」
第五章
翌朝、翔一と桜子は再び宅配会社を訪れていた。この時間には片倉が出勤していると聞いていたからである。
「佐々木さん」
昨晩とは違い、多忙な様子の好青年は声に気づき小走りで翔一の元へやって来た。
「お忙しい所、申し訳ありません。片倉さんは今どこに?」
「それが、彼まだ来ていないんです」
「来ていない?」
驚いていつもより声のトーンが高くなった翔一は咳払いを一つした。
「無断欠勤と言うことでしょうか?」
「さっき携帯に電話してみたんですが、何度やっても繋がらないんです。こちらの手が空いたら一度彼の自宅に行ってみようかと思っているのですが…」
翔一と桜子は妙な胸騒ぎがしたので、車を飛ばして片倉の住むアパートへ向かった。古めかしいアパートに到着するや否や、急いで二人は車から降りて階段を登った。部屋の前まで来ると呼び鈴があるにも関わらず、扉を叩いて名前を呼んでみた。
「片倉さんいらっしゃいますか?」
中から応答はなかった。
「今日の新聞がまだ取られていないわね」
桜子は郵便口を見ながら扉を開けようとしたが鍵が掛かっていた。
「もしかして、昨日から部屋に戻っていないのかも」
「とにかく、管理人を呼んで鍵を開けてもらいましょう」
翔一はアパートの管理人を連れて来ると鍵を開けてもらった。部屋に入った瞬間、天井から吊るされている男性の凄惨な光景が目に入った。
「片倉さん!」
その場にいた三人は急いで片倉を支えながら首から縄を取り外して、床にゆっくりと降ろした。
「駄目だわ、もう手遅れよ…」
片倉の死亡を確認した桜子は俯きながら力なく言った。翔一は、この遺体の男性が片倉修平に間違いないことを管理人に確認すると、救急車と警察に通報するように指示を出した。管理人が部屋から出て行く所を見届けると、翔一は部屋の様子を見渡し始めた。窓には鍵がしっかりと掛かっており、部屋が荒らされている訳でもなかった。そして机の上には『遺書』と手書きで書かれた白い封筒が綺麗に置いてあることを見つけたのであった。
『わたくし、片倉修平はお金欲しさに元妻であった昌代の家に侵入して盗みに入りました。その時に昌代に顔を見られてしまい、自分のしていたネクタイで思いがけず首をしめて殺してしまいました。罪の重さに耐えることができないわたくしは死を選ぶことにします。凶器のネクタイや盗んだものは押し入れに隠しています。部屋を汚してしまって管理人さんにはご迷惑をおかけします』
遺書の内容に目を通した翔一は桜子に手渡すと押し入れを開けてみた。すると、額面通り皺くちゃになったネクタイと通帳や印鑑、封筒に入ったいくらかの現金が出てきたのであった。
その後の遺書の筆跡鑑定の結果、片倉修平の書いたもので間違いないことが分かり、一課は彼の死を自殺と結論付けた。翔一と桜子もその点には同意したが、昌代が殺された事件についてはまだ何も解決していないことが目に見えていた。だが、遺書の内容から色々なことが類推され始めていたのである。
「彼が昌代さんを殺した犯人ではないことが分かったわね」
桜子は警視庁の休憩所でコーヒーを啜りながら座っている部下に話した。
「昌代さんの死因は後頭部を殴られたことによる脳挫傷。遺書にはその点について触れていませんでしたので、片倉さん本人も知らない事だったのでしょう」
「盗みに入って彼女の首を絞めた後に、別の誰かが頭を殴って止めを刺したことになるのかしら」
「そもそも彼は本当に盗みに入ったのかと言う疑問が残ります。佐々木さんによれば、ここ最近の彼はとても生き生きしていたと言っていました。盗みに入らなければならない程に生活が逼迫していた者がそんな姿を見せたりするでしょうか? それに彼女の首を絞めた後に物色したと言う事実も、遺書の内容を見る限りやはり釈然としません」
「おういたいた。津上!」
論議を交わす二人の元に鑑識の北条が走って来た。
「北条さん」
「片倉修平の部屋から押収したネクタイだが、あれは片倉昌代の首を絞めた物ではないことが分かった」
「何ですって?」
驚いたのは話しかけられている翔一ではなく桜子の方であった。
「あのネクタイの大きさではどうにも被害者の索状痕と一致しない。凶器は別の代物だろうよ」
「どう言うこと? そもそもネクタイは昌代さんを殺した凶器ではないのに、それすらも別物だったなんて…」
翔一は「そういうことでしたか…」と呟きながら立ち上がると、そのまま歩き始めた。
「ちょっとどこ行くのよ?」
桜子はコーヒーを飲み干すと、カップを北条に手渡して翔一の後を追った。
「おい、俺は先輩だぞ…」
追いついて横に並んだ桜子に翔一は静かに話し始めた。
「片倉家に向かいます。僕の考えが正しいのなら、おそらく犯人は…」
そう言いかけて一階までやって来ると二人は足を止めた。ロビーには物悲しげに立っている梢がいたからだ。
続く