短編 刑事・ミステリー小説

ちょっとしたミステリーや人間の心理を観察することが好きな方は是非一度ご覧を

「裏切り」 第六章 長女が明らかにする事件当時の出来事とは?

「裏切り」

第六章

 翔一と桜子は梢を取調室へ案内した。彼女が警視庁に出頭した理由は、事件の真相を告白するためだと言う。

「どうして話す気になったの?」

 桜子は普段とは違って宥めるように梢に尋ねた。

「父が自殺したということを聞いたものですから…これ以上は黙っていられなくなりました」

「昌代さん…母親を殺したのはあなたなのね?」

 梢は小さく頷いた。

「一体どうして? あなたの家族は仲が良くて近所でも評判だったくらいでしょ?」

 梢は俯き加減に小さく答え始めた。

「傍目にはそう見えていたのかもしれませんね。確かに父が出て行ってからというものの、皮肉にも家族の絆は深まっていったような気はします。私があの光景を目にするまでは…」

「何を見たの?」

「一週間前、母が父と楽しそうに歩いている所を偶然見てしまったんです…」

 翔一と桜子は梢の心中を察した。

「つまり、昌代さんはあなたや子供たちには内密に修平さんと寄りを戻していたと言うことでしょうか?」

「その時はまだ信じることが出来ませんでした。あんな形で蒸発した父と、母がまた仲良くしているなんて…。黙って母の手帳を見てみると、ここ一か月の間に何度も父に会っていたことが分かって確信を得ました」

 翔一は片倉が職場で生き生きしていたと言うことや、休みを何度も取得していた理由がこれで判明し得心がいった。

「けど、昌代さんはどうして修平さんと寄りを戻したの? 彼女だって他の女を追いかけて出て行った亭主を許せるはずないんじゃない?」

 それに答えるために梢は事件時の出来事を詳細に話し始めた。

 

「ただいま」

 慎太郎が就活から帰って来た。予定よりも意外に早かった。

「おかえりなさい、面接はどうだった?」

「まあまあの手応えだね。あー疲れた」

 慎太郎は床の上にスーツと鞄、そしてネクタイを無造作に置いた。

「それより姉さんの方は大丈夫なの?」

「まだ少し熱はあるけどこれくらい寝てれば治るわよ」

「せっかく会社休んでるんだから、ゆっくりしてなよ。母さんは?」

「部屋にいるわ…」

 この日に会社を休んだのは熱があったからだけではない。今日こそは母に問い質そうと決意していたからだ。いや、熱が出たのも父と母の関係を知ってからというもの、体調を徐々に壊していったからだ。決して、この日に偶然重なったという訳でなはい。

「母さん何しているの?」

「ああ慎太郎、お帰りなさい」

 昌代は鏡台の前に座って化粧をしていた。

「またどっか行くの?」

「ええまあ…ちょっと大事な用事があってね」

「俺今から買い出しに行ってくるから、何か買ってくる物ある?」

「別にないわ、行ってらっしゃい」

 慎太郎は軽い身なりに着替えると家を出て行った。弟が出て行く所を確認すると、梢は昌代のいる部屋へ向かい、嬉々として化粧をする母親をじっと見つめていた。

「どうしたの梢?」

 以前ならば考えられなかった。体調の悪い娘をほっといて、自分の都合を優先するなんて。焼けぼっくいに火が付いたことで、明らかに母を変えてしまったのだ。

「どこに行くの?」

「言ったでしょ? 友達と買い物に行くって」

「私が体調悪いのに?」

 それを聞いた昌代は手を止めて表情を緩めた。

「どうしたのよ? あなたもいい年なんだし、母さんが付きっきりで看病しなくちゃいけないって訳じゃないでしょ? 遅刻しちゃうからもう母さん行くわね」

「本当はお父さんに会いに行くんでしょ?」

 立ち上がって部屋を出て行こうとする母親の背中に梢は冷たく言い放つ。

「…何の事かしら?」

「もう知っているの。この前、お父さんと歩いている所だって見たわ」

 昌代はふっとため息をついた。

「まあ良いわ、いずれはあなた達にも話すつもりだったもの」

「え?」

「私達、再婚することにしたの」

 その台詞を聞いた時、愕然とした。この母親は一体何を言っているのだろう。

「何で? あの人のせいで私達こんなに苦労しているのよ。慎太郎だって大学にも行かず必死に就職活動して、詩織だってアルバイトのお金を入れて家計を支えてくれている。あの子たちがそんな事を許すはずないじゃない。母さんはあんな人を許したって言うの?」

「まあ、お互い様だしね」

「どう言うこと…?」

 次の昌代の言葉が梢をどん底に突き落とした。 

「あの人、当時今よりも体の弱かった私を懸命に支えてくれたけど、稼ぎが少なくて私は物足りなかったわ。それでつい、掛かりつけの医者と浮気しちゃってね。その人とはすぐに別れたけど、それがあの人にばれて怒りの余り、家のお金を持ち逃げして由香子とか言う女性を追いかけて行ったわ」

「そんな…それじゃあ…」

 自分の夢だったデザイナーも、好きだった人との結婚話も捨てて、家族を、母親を傍で支えて来たというのに、それが全て水泡に帰したような感じだった。

「あなたには迷惑を掛けて悪いとは思っているわ。でも、デザイナーになる夢だって、結婚する話だって上手くいくとは限らなかったんだし、早めに見切りをつけといて正解だったかもよ?」

 梢の頭の中で何かが切れる音がした。床に置いてあったネクタイを掴むと、部屋を出て行こうとする昌代の首を背後から一気に絞め上げた。

続く