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短編 刑事・ミステリー小説

ちょっとしたミステリーや人間の心理を観察することが好きな方は是非一度ご覧を

「裏切り」 第七章 明かされる父と娘の思い…しかし?

「裏切り」

第七章

「気が付いた時には、部屋の真ん中で母がぐったりとしていました…。私もただ呆然と座っていることしか出来ませんでした…」

 事の元凶がまさか母親にあったことは翔一も桜子も予想だにしていなかった。話が途切れた梢に桜子は優しく言い放つ。

「続きを聞かせてくれる…?」

 

 いつの間にか雨が降っていた。さっきまで晴れていたと思ったが、洗濯物を取り込まなくてはならない。いや、そんなことはどうでも良い。これから私は警察に出頭しなければならない。慎太郎や詩織には何て言えばいいだろうか。

「梢!」

 放心状態の梢に外から呼びかける声がかすかに聞こえた。

「…お父さん?」

 外の縁側に立っていたのは修平であった。鍵は掛かっていなかったので、修平は窓を開けて土足のまま入って来た。

「お前…これは一体…」

 修平はネクタイを首に巻いたまま顔を床に伏せている昌代と、肩を落として座り込んでいる梢を見て何があったのかを瞬時に察した。

「どうして…?」

「え?」

 次の瞬間、梢は修平の胸倉を掴んで壁に叩きつけた。

「どうしてこんな人と結婚したのよ! 何でまた現れたのよ! 私の人生を返してよ!」

 長年、胸の奥底に封じ込めていた思いを梢は修平にぶちまけた。涙ながら訴える今まで見たこともない娘の姿に、昌代を殺した動機が自然と見えたのであった。

「…梢、本当にすまなかった。私達、親が馬鹿なせいでお前や慎太郎達には迷惑を掛けた。母さんと寄りを戻した所で、また裏切られることは分かっていたんだが、やはり私は嬉しかったんだ…。けどそんなのは、お前達子供にとってはエゴにしか聞こえないだろうな…」

 梢は泣きながら修平の胸を無言で何度も叩いていた。修平はその腕を掴むと、梢に顔を上げさせた。

「お前を絶対に警察には行かせない。全ては私が招いたことなんだから責任は全て私が取る!」

 そう言うと修平は、部屋の箪笥の引き出しを開けて中を漁り始めた。

「やっぱり、ここにあったか」

 取り出した物は、通帳と印鑑そして封筒に入った現金だった。

「いいか梢、よく聞きなさい。私は今からネクタイとこれを持って家に戻る。お前は泥棒が入ったかのように部屋を荒らすんだ。その後は自室に戻ってそのまま、じっとしていなさい。そして頃合いを見計らって警察に通報するんだ、いいね?」

 修平は梢が耳を貸しているのかどうか分からなかったが、そのまま話を続けた。

「もし警察にアリバイを聞かれても、部屋で寝ていたと答えればいい。アリバイの証明にはならないが、逆にお前が寝ていなかったという証明も向こうには出来ない。そして私が現場近くにいたと言うことを警察に話すんだ。そうすれば警察はすぐに疑いを私に向ける」

 修平はメモ用紙に自宅の住所を書き出し梢に無理矢理でも握らせた。

「後のことは私に任せておきなさい。絶対にお前を逮捕させはしない」

 修平は昌代の首からネクタイを外すと、窓から外に出て鍵付近のガラスを落ちていた石で音を出さないようにそっと割った。そして、そのまま走って行ったのだった。

 雨はその時既に止んでいた。

 

「『あんな人の言うことを信じられる訳がない』、『自分の人生はもう終わったのだ』…私はそう思って警察に出頭するためにふらふらと外に出て行きました。暫く歩いて冷静になったせいか、私がここで捕まったら残された慎太郎と詩織はどうなるのだろうかと言う思いが次第に強くなっていきました。気が付くと、私は家に戻り父に言われた通りに動いていました…」

 梢の話を聞き終えた桜子はそのまま質問に入った。

「修平さんの住所は知っていたのね?」

「はい…。父が自分に疑いを向けるように私にメモを渡してくれたんです」

「しかしあなたはその事を僕達には教えなかった。それは何故ですか?」

「…自分の罪を父に被せようとするなんて行為はやはり私には出来ませんでした。あんな人でもやはり父親だと何処かで思っていたのかもしれません。だから父が本当に自分のために自殺までして罪を被ってくれたと知った時は、もう黙っている訳にはいきませんでした…。私から申し上げられることは以上です…」

 桜子は頭を掻きながら俯いた。

「参ったわね…」

「え?」

「あなた、昌代さんの首を絞めただけなのね?」

「お話しした通りですが…」

「昌代さんの死因は後頭部を殴られたことによる脳挫傷なのよ」

「どういうことですか?」

 驚いた梢は二人の刑事を交互に見つめた。

「首を絞められたことで一時的に仮死状態になったのでしょう。ですが、致命傷には至らずその後、息を吹き返したということになります」

「そんな…それじゃあ一体誰が?」

「梢さん、修平さんが現場を去った後に一度外に出たとおっしゃいましたね? それはどれくらいの時間ですか?」

「十分程度だったかと…」

「その間に何者かが昌代さんに止めを刺した可能性が高い。もしかして、現場には花瓶のような類の物は置いていませんでしたか?」

 梢は思わず「あ!」と大声を挙げそうになったがすかさず手で押さえた。

「そう言えば、前に母が骨董市で購入した壺が無くなっていました。父が持ち去ったのは通帳類だけだったので変だとは思っていました」

「それが凶器で間違いないでしょう。そして、僕の勘が正しければこの事件の真犯人は…」

 翔一は物憂げな表情で梢を見ていたのだった。

続く